作品紹介
中川百合子34歳(T158、B86(E-70)、W58、H90)横浜で夫と二人暮らし。不自由はなく、夫は忙しくも優しい。生活も安定し、夜も、ちゃんとある。それなのに胸の奥に、うまく名前をつけられない感覚が残る。足りないほど切実ではないが、満たされていると言い切るには落ち着かない。昔から誰かの視線が自分に向く瞬間にほっとする。「いいですね」「きれいですね」「素敵ですね」そんな言葉で胸に小さな灯りがともる。愛されたいというより、存在を確かめたい感覚だ。誰かに求められているあいだはここにいていい気がする。選ばれていない時間が続くと、透明になってしまう不安に襲われる。始まりは姉だった。一つ年上の姉は明るく目立ち、どこでも人の輪の中心。親戚も学校も姉の名前ばかり。「お姉ちゃんはきれいね」「華があるわね」と言われるたび、何も言われない自分を意識した。親戚の大人が「百合子はお姉ちゃんと違って落ち着いてるから、いいお嫁さんになるタイプだ」と言った。褒め言葉の形をしていたが、“選ばれる主役じゃない”と告げられたように聞こえた。特別じゃない。後回しにされる側…その感覚が静かに深く沈んだ。大学で必死に痩せ、服を選び、メイクを覚えた。男の人の目が向くようになり、声をかけられ、誘われ、必要とされるたび、胸の奥がじんわり満たされた。私は選ばれている。その感覚が嬉しく、心地よく、やめられなくなった。だから、多くの男たちと寝た。でもどれだけ求められても安心は続かなかった。また足りなくなり、別の誰かにも見つけてもらいたくなる。姉に婚約を考える相手がいた。落ち着いて自信があり、余裕のある人。家族の集まりで彼が私にも自然に話しかけてくれた。特別なことは何もない。ただ対等に、一人の人として目を見て話してくれただけ。それだけで胸の奥がざわついた。私と姉の彼は肉体関係を持った。彼のペニスが私を突いている間、初めて姉へのコンプレックスが癒された。欲しかったのはその人そのものじゃなかった。姉のものだったから。いつも姉が立っていた場所に、一瞬でも自分が立てた気がしたから。「私も選ばれる側なんだ」その感覚が強烈に焼きついた。それ以来、誰かの視線の中で自分を確かめ続けている。愛じゃなくていい。未来の約束じゃなくていい。ただ今この瞬間、求められていること。それだけで心の奥の穴が一瞬静かになる。でもまたすぐに空いてしまう。今日も静かな部屋で、誰かが来る音に心を澄ませている。選ばれたい。まだ選ばれていたい。求められたい。もっと求められていたい。それが不安で、拠り所だと気づき始めている。そして夫が帰ってくる前に、今日も男から求められることで自分の価値を感じるのだった。